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過去の自分を客観的に見つめ、現在の自分、これからの自分に活かそうと思う。
少しずつ。
痛みを感じる事があるので、慎重にやっていこう。
今まで、逃げてきたとこあるよね。恐くて見ようとしなかった。
多分、私は、境界性パーソナル障害の中で生きてきたように思う。
成人して信心にめぐり合い、冥益として、やっと今改善されてきたと感じる。
この障害を持っている人は、非常に多数いると思う。
いや、社会全体が、この障害にみえてしょうがない。
暗い夜の海で1人で泳いでいた
岸に向かって必至に助かろうと近づくと
灯台の光が見えたので、そこに向かってけんめいに泳ぎ
やっとその灯台にたどり着く
そして灯台守の家の中を窓からそっと見ると、一家が食事をしていて
一家団らんの楽しい一時を過ごしていた
それを見た時
ああ、自分は駄目だ
と思った
自分はどうしてもそのような雰囲気に馴染めない人間
見捨てられている人間だと気づき
行くあてもなく再びそっとその灯台を離れた・・・
これは、太宰治がよくみた夢だそうだ。
これに深く共感できる人は、その気質があるかもしれない。